C-123 (航空機)

C-123 プロバイダー

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C-123 プロバイダー (Fairchild C-123 Provider) は、第二次世界大戦に作られた軍用輸送機。太い胴体高翼主翼主輪を収納するバルジ、スロープも兼ねる後部大型カーゴベイドアなど、その後の軍用輸送機の基本となるスタイルを初めて取り入れた機体である。

概要

元々、本機はアメリカ空軍向けの強襲用グライダー 英語版として、チェース・エアクラフト社によって設計された。社内での呼称はMS-8 Avitrucであった。1950年代初頭にはXCG-20を元にして、搭載エンジンが異なるXC-123XC-123Aの2種類のモーターグライダー開発された。XC-123Aは、J47ターボジェットエンジンをB-47と同様の連装式ポッドに収容したものであった。これは米空軍初のジェット輸送機となったが、最終的に試作機の域を脱せず、生産は1機(47-787)のみに留まった。一方、XC-123は、従来のC-46C-82と同様のレシプロエンジンであるプラット・アンド・ホイットニー R-2800を採用した。

XC-123Aは生産するには高価すぎることが明らかになった[1]が、一方で、XC-123は空軍に対して優れた印象を与え、5機の量産前生産(増加試作)機が、C-123Bとして発注された[2]。この頃から経営資本の委譲に伴い、米フェアチャイルド社が製造を行うようになり、1953年10月、同社を主契約者として、293機のC-123Bの生産が発注された。同社は当時、C-119 フライングボックスカー輸送機を生産していたが、これは、収容人数においては本機とほぼ同等の能力を有していた。この契約に基づいて生産されたC-123Bは1955年より就役を開始した。

1956年には、C-123Bを元に発展させた改良型としてYC-134が開発されたが、これは試作機1機が製作されたのみで、量産発注は行われなかった。また同年にはC-136の開発が発注されたが、これは実機が製作される前にキャンセルされた。

1962年には、補助推力としてゼネラル・エレクトリック J85ターボジェットエンジンを搭載したC-123Kが開発され、183機の-123Bが-123Kに改修された。

なお、ベトナム戦争では枯葉剤の散布も行った。