連合軍軍政期 (ドイツ)

連合軍軍政期(ドイツ)
Besatzungszonen in Deutschland
フレンスブルク政府1945年 - 1949年西ドイツ
ドイツ民主共和国
ザール (フランス保護領)
西ベルリン
東ベルリン
ドイツの国旗
国旗
ドイツの位置
 分割占領されたドイツ
公用語ドイツ語
首都ベルリン
 軍政府
1945年5月 - 1955年5月イギリス占領区
1945年5月 - 1955年5月フランス占領区
1945年5月 - 1955年5月アメリカ占領区
1945年5月 - 1955年9月ソビエト占領区
変遷
無条件降伏1945年5月8日
管理理事会設置英語版1945年7月5日
ザール分離1947年12月15日
西ドイツ成立1949年5月23日
東ドイツ成立1949年10月7日
ザール復帰1957年1月1日
ドイツ再統一1990年10月3日
Occupied Berlin.svg

ベルリン市の連合国各国の占領域

ドイツ連合軍軍政期(れんごうぐんぐんせいき)は、ドイツの歴史において、第二次世界大戦フレンスブルク政府が降伏した1945年5月8日から、東ドイツ西ドイツが相次いで成立する1949年までの間、連合国4か国軍による占領統治が行われていた時代である。1945年から1990年まで続いた分断時代の前半部(4か国の分割占領状態)に当たる[1]

同時期に連合国の占領下にあったオーストリアと異なり、ドイツはベルリン宣言によって連合国からフレンスブルク政府の政府承認を取り消され、中央政府が存在しなくなった。その為、冷戦が激化する中で「ナチス・ドイツに代わるドイツ中央政府」を構築する過程が必要となり、中央政府を樹立できないまま分断国家として主権を回復する事態を迎えた[2]

他の言語で
Lingua Franca Nova: Divide de Deutxland
Simple English: Allied-occupied Germany