池田理代子

池田 理代子
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生誕(1947-12-18) 1947年12月18日(70歳)
日本の旗 日本大阪府大阪市阿倍野区
国籍日本の旗 日本
職業漫画家
活動期間1967年 -
代表作ベルサイユのばら
おにいさまへ…
受賞第9回日本漫画家協会賞優秀賞
(『オルフェウスの窓』)
レジオンドヌール勲章
公式サイト池田理代子 オフィシャルサイト
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池田 理代子(いけだ りよこ、1947年12月18日 - )は、日本漫画家劇画家・声楽家大阪府出身、千葉県柏市育ち[1]東京都渋谷区在住[2]血液型AB型

来歴

大阪府大阪市阿倍野区出身。柏市立柏第二中学校都立白鴎高校を経て、東京教育大学文学部哲学科に入学。学者を志し、勉強していたが、1年で父親からの金銭的援助が打ち切られてしまうために、生活の糧として漫画を描き始める。出版社へ持ち込むが、技術の未熟さを指摘され、貸本屋向けの出版社で執筆を始めた。この下積み時代に、原稿料をもらうまで1個5円の(圧縮麩)を2つ買って3日間過ごした事もあった。2〜3年の下積み生活の後、出版社からスカウトがかかり、1967年に『バラ屋敷の少女』でデビュー。

1972年に『週刊マーガレット』にて連載を開始した『ベルサイユのばら』が空前のヒット。石膏デッサンや油絵など本格的な絵の勉強をしながら連載を続けた。執筆のきっかけとなったのは、高校2年生の夏に読んだツヴァイクの『マリー・アントワネット』で彼女の魅力を知り、書きたいと思っていたことにある[3]。多忙のため大学に戻れず、入学から7年で中退を余儀なくされたが、2年間連載された同作品で少女漫画家としての人気は不動のものとなった。1975年からは『オルフェウスの窓』の連載を開始。1980年、同作品で第9回日本漫画家協会賞優秀賞受賞。

1984年に、不倫相手の松谷蒼一郎との会話のテープを報道社に送り付け、スキャンダルに。この不倫スキャンダルは、当時週刊誌やテレビで大々的に取り上げられる[4]

40歳から更年期障害に悩まされ[5]、残りの人生について考える機会が増えた池田は、音楽への道に進むかどうか5年間の思案の後、45歳で音大受験を決意。1995年東京音楽大学声楽科に入学。同年、当時日本銀行の考査局長で現大和総研副理事長の 賀来景英と再々婚し話題となった[2][6]1998年にはNHK課外授業 ようこそ先輩」に出演し、母校の大阪市立新庄小学校[7]にて聖徳太子をテーマに授業を行った[7]1999年に大学卒業。

以降、コンサート出演や講演などの活動を行う。2005年には、世界初録音9曲を含むマリー・アントワネット作曲の歌曲12曲を歌ったCDを発売した。また、同年より『朝日新聞』土曜日朝刊別冊「be on sunday・エンターテインメント」4コマ漫画と、コラム『ベルばらKids』を連載する。

2009年3月11日、フランス政府から、多くの日本人が『ベルサイユのばら』を通じ、フランスの歴史、言葉、食文化などに関心を持ったとし、レジオン・ドヌール勲章シュバリエ章が授与された。

短歌にも親しんでおり、2016年8月20日岡山市で開催された塔短歌会全国大会にゲストとして参加した際、同会への入会を表明した。

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