朝鮮民主主義人民共和国の経済史

朝鮮民主主義人民共和国の経済史(ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこくのけいざいし)では、1945年第二次世界大戦終了後にソビエト連邦(ソ連)が占領統治した38度線以北の朝鮮地域(北朝鮮)と、その後1948年に成立した朝鮮民主主義人民共和国の経済史について述べる。

前史

日本統治時代の北朝鮮地域の経済特徴

朝鮮窒素肥料 興南工場

日本統治時代朝鮮の北部地域(平安道咸鏡道)では、豊富な地下資源水力発電に適する山岳地帯が多い地域特性から、重化学工業が発展した。日窒コンツェルンが建設した興南の化学コンビナートや、日本製鐵兼二浦に建設した日本製鐵兼二浦製鉄所はその代表例である。一方比較的平野が多い朝鮮の中・南部地域(現在の韓国)では農業軽工業が発展し、朝鮮半島の重化学工業の8割以上が朝鮮北部地域、そして農業生産や軽工業の約6-7割が朝鮮中・南部地域で生産されていた。朝鮮半島の地域によって産業の発達状況に差が見られたことは、第二次世界大戦後に38度線で南北に分断された双方(北朝鮮、南朝鮮)の経済発展に悪影響を与えることになった[1]

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