古代オリンピック

1915年に描かれた古代オリンピックの想像図
オリュンピア遺跡にあるヘラ神殿

古代オリンピック(こだいオリンピック、 : Ancient Olympic Games)は、 古代ギリシアエーリス地方、 オリュンピアで4年に1回行われた当時最大級の競技会であり、祭典である。 ギリシア語ではオリュンピア大祭オリュンピア祭典競技とも呼ぶ。オリュンピアにはエーリスの祭神・ ゼウスの神殿があった。本競技会・祭典は 紀元前9世紀から紀元後 4世紀にかけて行われたもので、ギリシア四大大会( 後述)のひとつである。

最盛期にはギリシア世界各地から選手が参加した。ギリシア人はこれを格別に神聖視し、大会の期間およびそれに先立つ移動の期間、合計3ヶ月ほどをオリュンピア祭のための休戦期間に挙げた。またギリシア語資料では広くオリュンピア祭の回数、すなわち オリンピアードをもって年を数えることが行われる。ギリシア人の血筋を持つ者しか参加が許されず、罪を犯した者も参加できなかった。

由来と神話

ゼウス神殿東の群像装飾(左:オイノマオス、中央:ゼウス、右:ペロプス)

ギリシア神話に残る祭の起源には諸説ある。

ホメーロスによれば、 トロイア戦争で死んだ パトロクロスの死を悼むため、 アキレウスが競技会を行った [1]。これがオリュンピア祭の由来であるとする説がある。別の説によれば、約束を破った アウゲイアース王を攻めた ヘーラクレースが、勝利後、ゼウス神殿を建ててここで4年に1度、競技会を行った、といわれる。さらに別の説によれば、エーリス王・ オイノマオスとの 戦車競走で細工をして王の馬車を転倒させて王を殺し、その娘・ ヒッポダメイアと結婚した ペロプスが、企てに協力した御者の ミュルティロスが邪魔になったので殺し、その後、願いがかなったことを感謝するためにゼウス神殿を建てて競技会を開いた。ペロプスの没後も競技会は続き、これが始まりだ、というものである。

いずれにせよ、神話に残る競技会は何らかの事情で断絶し、有史以後の祭典とは連続性をもたない。なおこれらの伝承のうちのいくつかは、エーリス市民らがオリンピックの由来を権威付けるために後に創作したものも含むと考えられる。

他の言語で
한국어: 고대 올림픽
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