五式戦闘機

川崎 キ100 (五式戦闘機)

イギリス空軍博物館に展示されている五式戦一型(キ100-I)

イギリス空軍博物館に展示されている五式戦一型(キ100-I)

五式戦闘機(ごしきせんとうき)は第二次世界大戦時の大日本帝国陸軍戦闘機である。キ番号(試作名称)はキ100。略称・呼称は五式戦[1]。他陸軍機に用いられた公式愛称、また本機固有の連合軍コードネームも存在しない。ただし書類上などでは便宜上「Tony II」とされたことがあったという[2]。川崎内では「きのひゃく」または「ひゃく」[3]、陸軍航空敞では「きひゃく」または「ひゃく」と呼ばれていた[3]。以下、本項では一般的な認知度の高い「五式戦闘機」の呼称を用いる。

開発・製造は川崎航空機、設計主務者は土井武夫

概要

帝国陸軍最後の制式戦闘機とされる軍用機である。

製作不良・整備困難などから液冷エンジンハ140(またはハ40)の供給不足に陥り、機体のみが余っていた三式戦闘機に急遽空冷エンジンハ112IIを搭載し戦力化したものであるが、時間的猶予の無い急な設計であるにもかかわらず意外な高性能を発揮、整備性や信頼性も比較にならないほど向上した。五式戦闘機は大戦末期に登場し、また生産数も少ないために実戦での活躍は少ないが、末期の日本陸軍にとり相応の戦力となった。離昇出力は1500馬力と四式戦闘機には及ばないものの空戦能力・信頼性とも当時の操縦士[注釈 1]には好評で、アメリカ軍の新鋭戦闘機と十分に渡り合えたと証言する元操縦士も多い。

なお本機には正式な制式指示がなく、「陸軍最後の制式戦闘機」でもなければ、制式化されていないが故に「五式戦闘機」と言う名称自体が便宜上のものとする説もある[4][5][注釈 2]

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