ロシア社会民主労働党

ロシア社会民主労働党(ロシアしゃかいみんしゅろうどうとう、Российская социал-демократическая рабочая партия)は、1898年に創立されたロシア帝国で最初のマルクス主義政党。のちにボリシェヴィキメンシェヴィキに分裂した。

党の創立

1890年代に入り、ロシアにおいても工業化の進展とともに労働運動が興隆し、それを基盤に様々な社会民主主義(マルクス主義)グループが形成された。そこで次第に全国的な党の創立が課題とされるようになった。

そこで当時有力だったキエフのグループが中心となり、1898年にミンスクで党の創立大会が開かれた。この大会は党名を「ロシア社会民主党」とし、すでに発行されていた『ラボーチャヤ・ガゼータ(労働者新聞)』を党中央機関紙とし、中央委員会を選出した。

中央委員会はピョートル・ストルーヴェに党の宣言の起草を依頼したが、大会直後に大量の逮捕によって解体してしまい、実質的な活動を始めることはできなかった。宣言を起草したストルーヴェは独断で党名を「ロシア社会民主労働党」とし、以後この名前が定着した。

他の言語で
Чӑвашла: РСДРП
kurdî: Menşewîkî
srpskohrvatski / српскохрватски: Ruska socijal-demokratska radnička partija