ライデン大学植物園

ライデン大学植物園
Leiden181.JPG
ライデン植物園
施設情報
正式名称 Hortus botanicus Leiden
開園 1590年
所在地
オランダ
公式サイト 公式サイト
テンプレートを表示
1610年の植物園
日本庭園の 茶室

ライデン大学植物園(Hortus botanicus Leiden)は、 オランダ最古の 植物園である。

歴史

1575年の ライデン大学の創立の当初から、1545年に パドゥア大学植物園が創られたのに始まり、多くの大学が主に医学の教育用に植物園、薬草園を設置していたのにならって、植物園を設けることが望まれていた。1587年に市長に要望が出され、1590年に設置が認められ、1592年に監督として園芸家として名高い、 カロルス・クルシウスが招かれ、クルシウスは 植物学名誉教授に任じられた。 クルシウスの指揮のもとに35m×45mの敷地に、多数の 植物が植えられ、その中には、 神聖ローマ帝国大使として オスマン帝国に赴いた オージェ・ギスラン・ド・ブスベックが持ち帰った、 チューリップ球根も含まれた。1608年に、さらに400平方メートルほと植物園は拡張され1610年から1612年にかけてフォルシュティウス(Aelius Everhardus Vorstius)が園長を務めていた時代に最初の 温室(Orangerie)が作られ、1614年には植物数は941に達した。園長を息子のAdolphus Vorstiusが継ぎ、Adolphus Vorstiusは1635年から1642年の間植物目録を作り、"Catalogus plantarum Horti Academici Lugduno-Batavi" のタイトルで1636年と1643年に出版された。最初の温室は小規模なものだったので、1643年に敷地が購入され、Old Orangeryと現在呼ばれる建物が建設された。.

植物園の植物目録は後任のスケイル(Florentius Schuyl)によって続けられ、 タバコトマトトウモロコシの栽培が行われ、植物園の評価は高まった。 オランダ東インド会社が収集した植物も植物園で栽培された。その後、 パウル・ヘルマン(Paul Hermann)、ペーター・ホットン(Peter Hotton)、 ヘルマン・ブールハーフェ(Herman Boerhaave)、 アドリアーン・ファン・ローエン(Adriaan van Royen)らの有名な医師、植物学者が園長を務めた。ブールハーフェの著書、"Index plantarum quae in horto Lugduno-Batavo reperiuntur"(1710)などが有名である。

1990年に日本の植物をヨーロッパに送った、 フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトを記念した 日本庭園(Von Siebold Gedenktuin )が設けられている。