ライシテ

フランス政教分離のアレゴリー (1905年): "La séparation" は "la séparation des Églises et de l'État" (教会と国家の分離) のほか、別離、(夫婦の) 別居の意。

ライシテ (: laïcité; 形容詞 ライック laïque) は、フランスにおける政教分離の原則を表わす。説明的に「非宗教性」という訳語が当てられることがあり、ライシテの成立過程として「世俗化」という語が用いられることもある。また、「世俗主義」と訳されることもあるが、これは英語の secularism の訳語であり(「世俗」参照)、これらの概念の歴史的な成立過程から、基本的には別の概念である。日本語の「ライシテ」という言葉は、世俗主義やフランス以外の国の政教分離と区別し、フランス法およびフランスの歴史に根ざした特殊な政教分離の意味で用いられ、ここ10年ほどで「ライシテ」という訳語が定着した(以下の「語義」参照)。

フランス法:フランスは「自由 (Liberté)、平等 (Égalité)、友愛 (Fraternité)」を標語に掲げる共和国であることはよく知られているが、加えて、フランス共和国憲法第1条に「フランスは不可分で (indivisible)、ライックで (laïque)、民主的で (démocratique)、社会的な (sociale) 共和国である」と書かれており、ライシテはフランス共和国の基本原則の一つである[1]

フランスの歴史:ライシテは元々、フランス革命以来、主に学校教育制度に関するカトリック勢力と、共和民主主義反教権主義勢力との対立・駆け引きを通じて醸成されてきた原則であり[2]、教育の無償制、義務制、そして非宗教性(ライシテ)を保障するジュール・フェリー法フランス語版(1882)、公立学校の教師の非宗教性の保障するゴブレ法フランス語版(1886) などによる一連の非宗教化政策の結果、1905年12月9日、フランス共和国(第三共和政)により政教分離法(ライシテ法)が公布された。これは政教分離原則、すなわち教会と国家の分離の原則を規定した法律であり、これにより、フランスの反教権主義(反カトリック主義)は完成し、国家の宗教的中立性・無宗教性および信教の自由の保障が図られた。

中東からの移民増加とその文化的軋轢が表面化した1990年代以降はイスラムとの関係で論じられることが多いが[2]、ライシテに関する歴史・社会学者のジャン・ボベロフランス語版によれば、2001年のアメリカ同時多発テロ事件以後、「政治的イスラム」という新たな脅威が生まれ、一部のイスラムに対する恐怖が支配的な趨勢となっていったことがフランスではライシテ法本来の精神からの逸脱、世俗化 ―「ライシテの右傾化」― につながった[3]

同時にまた、フランスのライシテは、しばしば国民国家の統一を脅かしかねない(とされる)「アングロ=サクソンの共同体主義」に対置させて論じられるようになり[3]、フランス左派内における「ライシテ強硬派」[4]と「イスラム左派フランス語版[5][6]の対立を生んでいる。

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