マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー

マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー(1978年)

マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー(महर्षि महेश योगी, Maharishi Mahesh Yogi) [1]、本名マヘーシュ・プラサード・ヴァルマー(महेश प्रसाद वर्मा, Mahesh Prasad Varma , 1918年 1月12日 [2] - 2008年 2月5日)は、 ヒンドゥー教に由来する 超越瞑想(トランセンデンタル・メディテーション、TM) [3]とその普及を行う諸団体の創立者で、 ニューエイジ・ムーブメントの一翼をになった [4]。超越瞑想は、 シャンカラ・アーチャーリヤ(ヒンドゥー教シャンカラ派の僧院の法主)であった スワミ・ブラフマナンダ・サラスワティ英語版の教えを受けつぐ [5]マントラ瞑想法(マントラ・ ヨーガ)の一種である。所定の マントラ(静かに復唱する単語、音、または語句) [6]を目を閉じて心の中で唱えることで、徐々に神経活動を抑え、意識を深みに導くことで、最高の境地に達するという 瞑想法である [7]

世界を股にかけ、ダイヤモンド取引からホリスティック健康療法まで、幅広い領域で数百万ドルもの事業を率いた [8]

思想

マヘーシュは、インド哲学の古典の1つ『 パタンジャリヨーガ・スートラ』(紀元前2世紀)の系統に立つ、失われた瞑想の様式を再発見したと主張した [5]。しかし超越瞑想は、 クリシュナブッダ、ヒンドゥー教改革者・神学者である シャンカラ(8世紀)の教えも取り入れている [5]。マヘーシュは独創によって超越瞑想を案出したわけではなく [4]、師であるヒンドゥー教シャンカラ派の僧院の法主 シャンカラ・アーチャーリヤで、グル・デヴの尊称で呼ばれたで スワミ・ブラフマナンダ・サラスワティに連なる [4]。マヘーシュは1941年から師が死去する1953年まで、弟子としてヒンドゥー教の経典「 ヴェーダ」や祈り、瞑想について学んだ [5]。インド学者の 阿部慈園が指摘しているように、マヘーシュの思想は シャンカラヴェーダーンタ哲学( 不二一元論)の伝統を継承し、 バクティではなく、主知主義で、 ヨーガ瞑想)の重要性を前面に押し出したものである [4]。また、自ら編み出した「総合ヨーガ」で人類を超人に進化させる方法論を示した オーロビンド・ゴーシュ(1872年 - 1950年)などの先行するインドの哲人たちの影響を受けている [4]。マヘーシュは、自らをヒンドゥー教の聖人の系譜に立つものと自認しており [9]、超越瞑想の入門儀礼や日ごとの瞑想セッションには、ヒンドゥー教の伝統的な信仰実践の諸要素が見られる [5]。ほとんどの学問的領域では、治療と宗教が織り交ぜられているものの疑いなく新宗教運動のひとつであると理解されており、宗教社会学者の W・S・バインブリッジ英語版は、ヒンドゥー教の文化的背景を持たない西洋人に合わせて調整された、高度に単純化されたヒンドゥー教の一形態であると述べている [5]

マヘーシュは、「人は悟りを達成するために聖人になる必要はない [5]。」「人類が背負っている苦悩や悲惨は不要なものである。生命はその本質において至福であり、すべての人間は何物にも縛られない至福の意識を経験することができる。」「生きることは神意識と一体になることである [10]。」とし、超越瞑想によって自己の本性が至福に他ならないことを経験し、神意識に到達し [7]、それを日常生活にまで貫徹することができる [11]、と説いた。欧米では、超越瞑想は日常において幸福をもたらすだけでなく、癒し( ヒーリング)の力を持っており、個人の意識を悦ばしいものにすると力説し [11]、一躍精神界の寵児となった [7]。ヒンドゥー教の瞑想者たちのような厳格な訓練、財産の放棄によって、あらゆる存在(ないし ブラフマン)における普遍の根源と実践者の自己との合一を内容とする「自己実現」を達成するような回りくどい道のりではなく、1日2回だけの短い瞑想の実践の有効性を示し、物質的世界や自分が属している宗教を捨てるべきとも言わなかった [5]。この2点により、マヘーシュの超越瞑想は欧米の実践者を惹きつけた [5]。マヘーシュは、創造的思考は心の深層で起こるが、意識的な精神活動は心の表面で起こり、そこで乱され、散漫な状態になると考えた [5]。しかし超越瞑想を実践することで、表面活動の乱れが整えられ、心の深層の創造的営みに集中できるようになるとした [5]。この技術は、入門時に与えられる「マントラ」という一つの考えに集中することであり、「 複雑系はその内における活動が減少すれば、より秩序あるものになる」という 熱力学の法則に沿うものであるとしている [5]

また、「肉体の病気の8割は筋肉と精神の緊張によるもので、それは心の緊張に根ざしている」という医学的見解を支持し、超越瞑想は心の緊張をダイレクトにゆるめるもので、瞑想で呼吸が安定し心肺機能が安定すれば全身状態がよくなるとして、その医学的価値を強調した [11]。第二次世界大戦後のアメリカでは、戦時中の神経症の研究から「 精神身体医学」がうまれ、医療において身体面と共に精神面を重視するという提唱が内科学の雑誌などでしばしば見られており、マヘーシュの教えはこの思潮と合っていたため、普及当初は好意的に受け入れられた [11]。第二次世界大戦後のキリスト教の影響力の失墜した時代に、個人レベルで行われる瞑想が、個人の救済の手段、個人の心身をコントロールする技術への人々の期待にマッチしていたとも指摘されている [11]

マヘーシュは、現代文明は物質面と精神面が不調和であり、超越瞑想を行うことで、それが完全に調和されて物心両面の幸福が得られるとした [4]。「自己実現」を達成したものは、現実をより鮮明に体験し、自己のアイデンティティを的確に発揮し、開放的で中身のある他者との平和の関係を築けるようになるとしている [5]。マヘーシュは蓄財を禁止しておらず、超越瞑想を始めて商売や会社経営がうまくいったという話も無数に語られている [11]。ビジネスマンや学生が、超越瞑想を自己開発の手段として行う例も多い。超越瞑想は初級から中級までいくつか段階があり、上級では坐ったまま跳ねる空中浮揚の技術なども伝授される [4]

超越瞑想運動は、社会の根源的変革を約束する「 千年王国運動」の性格を帯びており [11]、超越瞑想を行うことで、地上のあらゆる問題が解決され、超越瞑想の会員が増えれば地上が楽園化する「社会変革」の一助になると考えた [4]。マヘーシュは、『原子核生命エネルギーの発見‐マハリシの絶対理論: アインシュタイン博士の 相対性理論の達成』(1962年)で、アインシュタインの相対性理論が核時代に貢献したように、自分の「絶対理論」は「原子核生命エネルギーを解き放ち、人間の生が再生し、活気づく方法を提供しているのだ」と主張している。星川啓慈・越智秀一は、マヘーシュがどの程度アインシュタインの理論を理解しているかは疑問だが、こうした科学的な成果を自分の思想に取り込むのも、彼の特徴の一つであり、超越瞑想運動自体にその傾向が顕著にあると指摘している [11]。このため、G・E・ラモアという学者は(当否はどうあれ)、超越瞑想を「科学の仮面で変装した宗教的カルト」だと批判している [11]。宗教=科学複合運動の性格が濃く、その後継者トニー・ネイダーは、「人間の生理を構築している構造・機能がヴェーダの構造と1対1で対応していることを発見した」と主張しており、これは、古代から言われてきた大宇宙と小宇宙(ミクロコスモス、人間)の照応という概念の物理的解釈となっている [11]

マヘーシュは、インドの聖典 ヴェーダに最新の科学の知見を独自の形で取り入れ、TM運動の土台とマヘーシュが位置付ける「ヴェーダ科学」を体系化した。超越瞑想を機軸に、ヴェーダ科学を土台とし、医術( アーユルヴェーダ)や食餌療法、音楽、 インド占星術を解釈し、世界に普及した [4]。日本にも超越瞑想と共にマハリシ・アーユルヴェーダが伝えられている。

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