フィラデルフィア・セブンティシクサーズ

フィラデルフィア・セブンティシクサーズ
Philadelphia 76ers
呼称/略称 シクサーズ  PHI 
チームロゴ 1977-1997年のロゴ復活-赤7と6ersで、青色で13革命スター7バスケットボールの上に、市名を含む。
所属リーグ アメリカ合衆国の旗  NBA 
カンファレンス  イースタン・カンファレンス 
ディビジョン  アトランティック 
創設 1937年に独立チームとして創設。 1946年NBLに加入、 1949年から NBAに参加。
チーム史 シラキューズ・ナショナルズ
1937年- 1963年
フィラデルフィア・76ers
(1963年-)
本拠
フィラデルフィア・セブンティシクサーズの位置(アメリカ合衆国内)
フィラデルフィア・セブンティシクサーズ

ペンシルベニア州の旗 ペンシルバニア州 フィラデルフィア
アリーナ ウェルズ・ファーゴ・センター
収容人数 20,318人 開設1996年
チームカラー Red, Blue, Navy, Silver, White
                        
オーナー ジョシュア・ハリス
社長 ブライアン・コランジェロ
GM ブライアン・コランジェロ
ヘッドコーチ ブレット・ブラウン
優勝歴 3回 NBA FINAL CHAMP.png NBA FINAL CHAMP.png NBA FINAL CHAMP.png
(1955年, 1967年, 1983年)
ファイナル進出 6回(1967年, 1977年, 1980年, 1982年, 1983年, 2001年)
ディビジョン優勝 11回(1950年, 1952年, 1955年, 1966年, 1967年, 1968年, 1977年, 1978年, 1983年, 1990年, 2001年)
永久欠番

 2 ,  3 ,  4 ,  6 ,  10 ,  13 ,  15 ,  24 ,  32 ,

 34 
NBADL提携チーム デラウェア・87ers
ユニフォーム
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Homeのジャージ
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チームカラー
Home
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Awayのジャージ
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チームカラー
Away
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Alternateのジャージ
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チームカラー
Alternate
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76サーズホームコート

フィラデルフィア・セブンティシクサーズPhiladelphia 76ers)は、 アメリカ合衆国 ペンシルベニア州 フィラデルフィアに本拠を置く全米プロ バスケットボール協会 ( NBA) のチーム。イースタン・カンファレンス、アトランティック・ディビジョン所属。チーム名は1776年にアメリカ独立宣言が、当時の首都であったフィラデルフィアで行われたことに由来する。セブンティシクサーズは略してシクサーズ (Sixers)とも呼ばれる。

歴史

シラキューズ・ナショナルズ

ドルフ・シェイズ 1951年
  • フィラデルフィア・セブンティシクサーズの歴史は長く、 1937年ニューヨーク州 シラキュースで設立されたシラキューズ・ナショナルズに遡る。ナショナルズは 1946年にプロバスケットボールリーグ NBL (National Basketball League) に参加した。3年間このリーグでプレイしたのちの 1949年破産状態のNBLから離脱し、その年から NBAと名前を変えた BAA (Basketball Association of America) に参加した。
  • NBAに加わったナショナルズは強豪として初期の数シーズンを過ごした。 1948年に入団した ドルフ・シェイズや、同年チーム入りし監督も兼ねた アル・サービに率いられたチームは、NBA初年度の 1950年1952年に地区首位の成績を残し、1950年と 1954年には NBAファイナル(決勝)に進出。1955年、43勝29敗とリーグ首位タイの記録でレギュラーシーズンを終えたナショナルズは、この年NBAファイナルで フォートウェイン・ピストンズを4勝3敗で破って優勝を果たした。

フィラデルフィア・セブンティシクサーズ

  • その後数シーズンを中堅程度のチームとして過ごしたナショナルズには、中規模の都市シラキューズよりも大きな市場が必要になっていた。 1963年ペンシルベニア州 フィラデルフィアに本拠を置いていた フィラデルフィア・ウォリアーズサンフランシスコへ移転するのと機を同じくしてナショナルズはフィラデルフィアに移転、名をフィラデルフィア・セブンティシクサーズ(シクサーズ)と改めた。「セブンティシクサーズ (76ers)」の名は、フィラデルフィアでアメリカ合衆国の 独立宣言が採択された 1776年にちなんでつけられた。

チェンバレン時代の優勝

ウィルト・チェンバレン
  • 当時のシクサーズは、 1958年のドラフトで獲得した ハル・グリア1965年にトレードで入団した ウィルト・チェンバレンらを中心としており、 1966年にはリーグ首位の55勝25敗の成績だったが、プレイオフではこの時代の強豪 ボストン・セルティックスに敗退した。そのシリーズ第7戦で、グリアが最後の瞬間に犯したパスミスはよく知られている。
  • 続く1966-67シーズン、 アレックス・ハナムがシクサーズの監督に就いた。ハナムはプロ入り以来7年連続で得点王だったチェンバレンの得点を減らす方針を採った。他の選手がより積極的にオフェンスにかかわった結果、シクサーズは当時NBA史上最高の68勝13敗の記録でシーズンを終えた。プレイオフでは同地区の宿敵だったセルティックスを破り、NBAファイナルではサンフランシスコ・ウォリアーズを4勝2敗で下してチーム史上2度目の優勝を果たした。1966-1967年のシクサーズは、 1980年に発表された『 NBA35周年オールタイムチーム』でNBA史上最も偉大なチームに選ばれた。
  • チェンバレンは 1968年のシーズンを最後に ロサンゼルス・レイカーズへ移り、シクサーズの成績は次第に下降していった。1972-73シーズンには9勝73敗にまで落ち込んだ。これは現在でも 2012年のシーズンで シャーロット・ボブキャッツに更新されるまでNBA史上最低勝率の記録である。

アービング、マローンの時代

  • 1975年、シクサーズはNBAのライバルリーグだった ABAインディアナ・ペイサーズから ジョージ・マクギニスを獲得。さらに翌年、ABAからNBAに加盟した ニューヨーク・ネッツより ジュリアス・アービングを獲得し、 1978年にはドラフトで モーリス・チークスを指名すると、シクサーズは次第に優勝も狙える強豪へと成長していった。
  • この時代のシクサーズの宿敵は、 1960年代と同様ボストン・セルティックスだった。アービング初年度の 1977年に、シクサーズはセルティックスを破ってNBAファイナルに進出。ファイナルでは2勝4敗で ポートランド・トレイルブレイザーズに敗退した。
  • 1980年代初頭のシクサーズは、毎年60勝前後をマークするリーグ屈指の強豪だったが、あと一歩で優勝を逃す年が相次いだ。 1980年にはセルティックスを下してファイナルへ進出、しかし新人 マジック・ジョンソンの活躍によりシクサーズは2勝4敗で優勝を逃した。翌 1981年のプレイオフではボストン・セルティックスに3勝4敗で敗退。セルティックスはこの年優勝した。続く 1982年のプレイオフでは、セルティックスを3勝4敗で破ってNBAファイナルに進出。しかしファイナルではレイカーズに2勝4敗で敗れた。
  • 優勝を目指したシクサーズはさらなる補強に着手し、 フリーエージェントモーゼス・マローンを獲得した。シクサーズはリーグ首位の65勝17敗でレギュラーシーズンを終え、マローンはMVPを受賞した。プレイオフに臨む折り、マローンは「フォー、フォー、フォー (4, 4, 4)」という有名なコメントを残した。これはプレイオフを12勝0敗で優勝するという意味だった。実際は4戦、5戦、4戦と12勝1敗での優勝になったが、これは当時のNBAのプレイオフ史上現在でも最高の勝率となっている。(2001年に ロサンゼルス・レイカーズが勝率を更新) 1996年に発表された『 NBA50周年オールタイムチーム』で偉大なチームに選ばれた。チーム史上3度目の優勝で、これまでのところ最後の優勝となっている。

バークレーの活躍と低迷期

チャールズ・バークレー
  • その後のシクサーズは数年間ディビジョン2位の成績を保つが、プレイオフでは勝ち残れなくなっていった。 1986年にマローンは放出され、 1987年にアービングが引退すると、 1984年にドラフトされた チャールズ・バークレーがチームの大黒柱になっていった。
  • バークレーはリーグを代表するフォワードへ成長していったが、チーム成績は次第に低下していき、 1988年にプレイオフ出場を逃した。チーム強化に積極的にならないフロントに対し、バークレーは次第に不信感を持つようになり、再びプレイオフ進出ができなかった 1992年を最後にバークレーはシクサーズを離れ フェニックス・サンズへ移った。
  • バークレーを失った 1990年代のシクサーズは低迷期に入り7年間プレイオフに出場していない。勝ち数は年々減っていき、 1996年にはリーグでワースト2位の18勝64敗となった。シーズン後のシクサーズはドラフトで1位指名権を引き当て、 ジョージタウン大学アレン・アイバーソンを指名した。

アイバーソンの時代

アレン・アイバーソン

イグダーラの時代

アンドレ・イグダーラ
  • その後はイグダーラを中心に再建を図っている。 2007年12月4日にずさんな経営で有名だった ゼネラルマネージャーの ビリー・キングは解任され、後任は ニュージャージー・ネッツのGMを務めていた エド・ステファンスキーが就任した。
  • 2年連続プレーオフを逃しチームの長期低迷がささやかれたが、ドラフトで サデウス・ヤングを指名。シーズンはベテランのミラーがチームをまとめ、イグドラがリーグ屈指のオールラウンドプレーヤーに成長し勝利に貢献。3年ぶりにプレーオフにカムバックした。
  • 08-09シーズン前に エルトン・ブランドを獲得しチーム躍進が期待された。しかし、シーズンが始まるとチームの歯車がかみ合わず成績が低迷。シーズン途中にHCの モーリス・チークスは解任された。その後、ブランドが故障で離脱、チームはプレーオフ圏外になるかと思われた。しかし、チームはブランド離脱後勢いを取り戻してプレーオフに進出した。
  • 09-10シーズン、現役引退間際だったアイバーソンがチームに復帰。
  • その後は ジュルー・ホリデースペンサー・ホーズを獲得して、プレーオフに進出し続けるが、12-13シーズン前に ロサンゼルス・レイカーズアンドリュー・バイナムと交換でイグダーラを放出。以降下降線を辿る。怪我がちだったバイナムは出場機会がないまま クリーブランド・キャバリアーズに移籍した。

再建期

球団行事でのブレット・ブラウン(左)パネル左はカーター=ウィリアムス、右はノエル
  • しかし14-15シーズンは、前シーズンに続き苦難のシーズンになった。2013年に球団社長兼GMに就任した サム・ヒンキー( Sam Hinkie)はあからさまに将来のドラフト指名権で上位を得るために Dリーグ級の選手しか揃えず、向こう数シーズンを「 タンク」(わざと負け続けること)しているのではないか疑われ、勝利への姿勢を疑問視されているのだが、実際に前シーズンに続き連敗という形で出てしまった。オフに右肩の手術をした マイケル・カーター=ウィリアムスを欠いたチームは開幕から連敗が続き、12月1日の サンアントニオ・スパーズ戦に敗れ ニュージャージー・ネッツが2009-10シーズンに記録した開幕18連敗のNBA記録に次ぐ17連敗を喫してしまった。迎えた12月3日の ミネソタ・ティンバーウルブズ戦でようやくシーズン初勝利をあげ、リーグワーストタイ記録だけは免れた。一方で2015年に入ってからも未だにホームゲームで勝利を挙げていなかったが、1月5日の クリーブランド・キャバリアーズ戦でようやく14-15シーズンのホームゲーム初勝利を挙げた。だが、その後も低迷が続き、トレード期限日にカーター=ウィリアムスに見切りを付ける ( ミルウォーキー・バックスに放出) という不可解なトレードを敢行するなど最後まで迷走し、最終的には10連敗を喫しリーグワースト3位の18勝64敗という散々な成績でシーズンを終えた。
  • 2015年のNBAドラフトで3位指名権を得たシクサーズは、噂されていた エマニュエル・ムディエイの指名を回避し、 デューク大学ジャーリール・オカフォーを指名し立て直しを計るも、前シーズン10連敗で終えた悪い流れは変わらず15-16シーズンは開幕18連敗、前シーズンと併せて28連敗というNBAワースト記録を樹立してしまった。開幕から1ヶ月経過した12月1日の ロサンゼルス・レイカーズ戦に103-91で勝利し、ようやくシーズン初勝利を挙げた [2]。しかしながら、同月7日の サンアントニオ・スパーズ戦では68-119の歴史的大敗を喫するなど悪い状況は変わらず、 ラリー・ブラウンから「私なら5分で今の状況を変えられる」と苦言を呈されるなど苦しいチーム状況に変化はなく、2016年4月5日の ニューオーリンズ・ペリカンズ戦で漸くシーズン10勝目に到達するという体たらくで、社長兼GMのサム・ヒンキーは翌日辞任に追い込まれた。結局その後もシーズン最終戦まで勝利することなく終わり、トータルでは10勝72敗で72-73シーズンの9勝に次ぐチーム史上ワースト2位、NBA史上ワースト3位の成績だった。
  • 2016年のNBAドラフトで全体1位指名権を獲得したシクサーズは、 ルイジアナ州立大学ベン・シモンズを指名。16-17シーズンこそ上昇気流に乗るものと思われたが、シモンズは開幕前に右足を骨折。またしてもシクサーズに暗雲が立ち込めた。一方で2014年に入団後丸々2シーズンを棒に振っていた ジョエル・エンビードが、漸くNBAデビューを果たし、新加入の セルヒオ・ロドリゲスダリオ・サリッチも奮闘。同シーズンも開幕から連敗が続いたが、11月10日の インディアナ・ペイサーズ戦で、開幕からの連敗を7で止めるシーズン初勝利を挙げた。その後も苦戦を強いられたが、2017年1月11日の ニューヨーク・ニックス戦では、 T・J・マコーネルが試合終了間際に逆転 ブザービーターを決め、前シーズンを上回るシーズン11勝目を挙げた。その後も奮闘するものの、近年の低迷から脱するまでには至らず、最終的にはエンビード、 ロバート・コビントンなど負傷者が続出するなど、十分に戦えず、28勝54敗でシーズンを終了した。

エンビード&シモンズの時代へ

2017年のNBAドラフトの全体1位指名権を ボストン・セルティックスから譲受されたシクサーズは、 ワシントン大学マーケル・フルツを指名。これに ジョエル・エンビードに加え 2017-18シーズンより正式デビューを果たした ベン・シモンズといった楽しみが布陣が完成。10月23日の デトロイト・ピストンズ戦では、シモンズかリーグ史上最年少の トリプル・ダブルを達成するという活躍を見せ、4戦目にしてシーズン初勝利を記録した。

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