バガヴァッド・ギーター

An 1830 CE painting depicting Arjuna, on the chariot, paying obeisance to Lord Krishna, the charioteer.
インド、クルクシェートラの クリシュナアルジュナ王子(1830年頃画)

バガヴァッド・ギーター( サンスクリット語: श्रीमद्भगवद्गीताŚrīmadbhagavadgītā発音  [ˈbʱəɡəʋəd̪ ɡiːˈt̪aː] ( 音声ファイル))は700行( シュローカ [1]韻文詩からなる ヒンドゥー教聖典のひとつである。ヒンドゥーの 叙事詩 マハーバーラタにその一部として収められており、単純にギーターと省略されることもある。ギーターとはサンスクリットで詩を意味し、 バガヴァン英語版の詩、すなわち「神の詩」と訳すことができる。

バガヴァッド・ギーターは パーンダヴァ軍の王子 アルジュナと、彼の導き手であり御者を務めている クリシュナとの間に織り成される二人の対話という形をとっている。兄弟、親族を二分したパーンダヴァ軍と カウラヴァ軍の ダルマ・ユッダ英語版Dharma-yuddha、同義的に正当化される戦争)に直面したアルジュナは、クリシュナから「躊躇いを捨て クシャトリヤとしての義務を遂行し殺せ [2]」と強く勧められる。このクリシュナの主張する戦士としての行動規範の中には、「 解脱mokṣa)に対する様々な心構えと、それに至るための手段との間の対話 [3]」が織り込まれている。

バガヴァッド・ギーターは、 バラモン教の基本概念である ダルマ [4] [5] [6]、有神論的な帰依( バクティ [7] [6]ヨーガの極致 [5]である ギャーナ・ヨーガバクティ・ヨーガカルマ・ヨーガラージャ・ヨーガの実践による解脱(モークシャ) [5] [訳注 1]、そして サーンキヤ哲学 [web 1]、これらの集大成 [4] [5]をなしている。 [注 1]

いままでにいくつもの注釈書が書かれており、バガヴァッド・ギーターの教義の本質に関して様々な角度から語られている。 その中でも ヴェーダーンタ学派の論評者は アートマンブラフマンの関係を様々に読み解いている。そして戦場というバガヴァッド・ギーターの舞台は、人間の倫理と道徳上の苦悩を暗示していると捉えられてきた。

バガヴァッド・ギーターの提案する無私の行為は バール・ガンガーダル・ティラクや、 マハトマ・ガンディーを含む多くのインド独立運動の指導者に影響をあたえた。ガンディーはバガヴァッド・ギーターを「スピリチュアル・ディクショナリー」と喩えている [8]

編纂と意義

Photograph of a bronze chariot. The discourse of Krishna and Arjuna, in Kurukshetra has been captured in this photo.
クリシュナとアルジュナの対話を主題とした二輪戦車(Ratha)像、 クルクシェートラ

著者について

叙事詩マハーバーラタは伝統的に ヴィヤーサの著作とされている。マハーバーラタの一部をなすバガヴァッド・ギーターもまた彼によるものだといわれている [9]。またヴィヤーサは作中人物の一人でもある。

成立時期 

バガヴァッド・ギーターの記された時期に関しては紀元前5世紀頃から紀元前2世紀頃までとかなり幅を持って語られる。ジーニーン・ファウラー(Jeaneane Fowler)はバガヴァッド・ギーターに寄せた注釈書において紀元前2世紀が成立の時期としてもっともらしいと述べている [10]。バガヴァッド・ギーター研究者のカシ・ナート・ウパジャヤ(Kashi Nath Upadhyaya)はマハーバーラタ、 ブラフマ・スートラ英語版、その他の独立した資料の推定成立時期に基づいて、ギーターの成立時期を紀元前5世紀から紀元前4世紀の間と結論づけている [11]

現存する最古のバガヴァッド・ギーターの写本は、年代がはっきりと特定できていない。しかし一般的に、普遍性を保っていることが求められる ヴェーダとは違い、バガヴァッド・ギーターは大衆に寄り添った作品であり、伝承者は言語や様式の変化に適合させることを余儀なくされてきたものと考えられている。そのため、この変化しやすい作品の現存する最古の写本の一部は、他の文献に「引用された形で残る」最古のマハーバーラタの一文、すなわち紀元前4世紀に パーニニがまとめたサンスクリットの文法を思わせる一節より遡ることは無いであろうと考えられている。この聖典、バガヴァッド・ギーターが一応の完成にたどり着いたのは グプタ朝初期(4世紀頃)であろうと推定されている。成立時期に関しては今なお議論が残っている [9]

ヒンドゥー教の成立とスムリティ

マハーバーラタの挿絵。19世紀の物。

マハーバーラタの性質からバガヴァッド・ギーターはスムリティ(聖伝、伝承されているもの)、に分類される [注 2]。紀元前200年から紀元後100年ごろに成立した種々のスムリティ(聖伝)は様々な インドの風習と宗教が統合に向かいつつあったこの時代においてヴェーダの権威を主張した「インドの諸文化、伝統、宗教の統合を経てヒンドゥー教の合成に至るプロセス(ヒンドゥ・シンセシス)」の発現期に属している [12]。このヴェーダの受容は、ヴェーダに否定的な態度をとっていた異端の諸宗派を包み込む形で、あるいは対抗する形でヒンドゥー教を定義する上での中核となった [12]

このいわゆるヒンドゥー・シンセシスはヒンドゥー教の古典期(紀元前200年から紀元後300年)に表面化している [12] [5] [13] アルフ・ヒルテベイテル英語版は、ヒンドゥー教の成立過程における地固めが始まった時期は、 後期ヴェーダ時代のウパニシャッド期(紀元前500年頃)とグプタ朝の勃興する時期(紀元320年から467年)の間に求めることが出来るとしている。氏はこの時期を「ヒンドゥー・シンセシス」、「バラモン・シンセシス」、「オーソドックス・シンセシス」などと呼んでいる。この変化は他の信仰や民族との接触による相互作用によってもたらされた。

ヒンドゥー教の自己定義の発現は、このヒンドゥー・シンセシスの全期間を通して常に接触をもってきた異端の宗派( 仏教ジャイナ教アージーヴィカ教)との相互作用、さらには マウリヤ朝からグプタ朝時代への転換期においてその第3段階として流入してきた外国人( ヤバナと呼ばれた ギリシャ人サカすなわち スキタイ人、 パルティア人、 クシャーナ人)との相互作用という時代背景によってもたらされた [12] [原文 1]

バガヴァッド・ギーターはヒンドゥ・シンセシス、すなわちあらゆる宗教的な風習を取り入れる試み [12] [7] [5] [web 1] [6]のコンセンサスを得た成果の結晶 [12]といえる。 ヒルテベイテルは、バクティの思想をヴェーダーンタ学派に組み入れることが [12]この統合にとって不可分の要素をなしていた [12]と述べている。 エリオット・ドイツ英語版とロヒット・ダルヴィ(Rohit Dalvi)は、バガヴァッド・ギーターはインドの哲学における異なる立場、すなわちギャーナ、ダルマ、バクティ [7]、これらの「ハーモニーを練り上げ [14]」ようという試みであったと解釈している。ドイツらは、「バラモン教の風習が善性の手段としてダルマ(義務)の重要性を強調している」その横で、バガヴァッド・ギーターの著者は「異端である仏教やジャイナ教、そして比較的正統であるサーンキヤ学派や ヨーガ学派の双方に 救済論を認めていたに違いない」と語っている [4]。アルフレッド・シェーペルス(Alfred Scheepers)は、 カルマ(業)からの解脱というヨーガの思想とは対照的に、人の義務すなわちダルマに基づいて生きるという、バラモン教的思想を浸透させる目的で シュラマナ用語やヨーガ用語を用いている、という視点からバガヴァッド・ギーターをバラモン教的な聖典として見ている [5]。バシャム(Basham)もまた、諸宗教の統合という観点からバガヴァッド・ギーターに言葉を寄せている。

バガヴァッド・ギーターはサーンキヤ学派とヴェーダーンタ学派のたくさんのそれぞれに独立した要素を結びつけている。そして宗教上のその一番の貢献は、以降ヒンドゥー教の根幹として残る「帰依」を強調したことにあった。さらに、マハーバーラタに表現された一般的な 有神論ウパニシャッドが補っている 超絶論主義、そして神の個性をブラフマンと同一視するヴェーダ的な伝統をそのあとに続けることができる。バガヴァッド・ギーターは、インドの宗教の3つの支配的な趨勢すなわち、ダルマに基づいた在家の生活、解脱に基づいた出家者の規範、帰依に基づいた有神論の 類型論を提示している [web 1] [原文 2]

ラージュ(Raju)もまたバガヴァッド・ギーターにインド諸宗教の合成を見ている。

バガヴァッド・ギーターは、観念的な一元論と人格神を抱く一神教的思想、行為のヨーガと行為の超越へ達するヨーガ、これらと帰依と知識のヨーガの統合作品として扱われているといえる [6] [原文 3]

バガヴァッド・ギーターがインドの宗教観に与えた影響は大きく、この諸宗教の統合体はその後いくつかのインドの思想にもそれぞれに合致するよう調整され、組み入れられた。ニコールソンは(Nicholson)シヴァ・ギーター( パドマ・プラーナ英語版の一部)について ヴィシュヌ寄りのバガヴァッド・ギーターを、 シヴァ寄りの言葉に翻案したものとして触れている [15]。さらにはイーシュヴァラ・ギーター(Īśvara Gītā)を、クリシュナ寄りのバガヴァッド・ギーターからすべての詩を借用し、新しい シヴァ派の文脈にはめ込んだものとしている [16]

位置づけ

ヴィヴェーカーナンダ

ヴェーダーンタ学派はバガヴァッド・ギーターをウパニシャッド、ブラフマ・スートラ(Brahma sūtra)とともに三大経典すなわちプラスターナ・トラヤ(Prasthānatrayi)に数えている。 ヴェーダーンタはこれら3つの聖典を総合的に捉えており教義の中で重要な位置をしめている [17] [18] [19]。たとえばヴェーダーンタの一学派である アドヴァイタ・ヴェーダーンタ派はその本質の中にアートマンとブラフマンの非二元性を見る。一方で ベーダベーダ・ヴェーダーンタ派、 ヴィシシュタ・アドヴァイタ派はアートマンとブラフマンの一元性と相違を同時に主張し、 ドヴァイタ派はその本質の中に二元性を捉えている。近年では、 ヴィヴェーカーナンダサルヴパッリー・ラーダークリシュナンら、 ネオ・ヴェーダーンタ派英語版の功績もありアドヴァイタ・ヴェーダーンタ派の解釈は世界的に評価を得てきている。一方で ガウディヤ・ヴァイシュナヴァ派英語版の一派である クリシュナ意識国際協会の活動を通じて、 アチンチャ・ベーダベーダ派英語版もまた国際的な人気を集めている [20]

初期のヴェーダーンタはシュルティ(天啓)のウパニシャッドに解釈を寄せている。それどころか三大経典のひとつブラフマ・スートラはその注釈書でさえあるのだが、バガヴァッド・ギーターの人気を前に彼らもそれを等閑視するわけにはいかなかったらしく [3]、ブラフマ・スートラにてバガヴァッド・ギーターに触れているのみならず、 シャンカラ、バースカラ(Bhaskara)、 ラーマーヌジャの三氏も注釈を寄せている [3]。バガヴァッド・ギーターは構成も趣旨もウパニシャッドとは異なっており、なにより高カーストにのみ開かれているシュルティとは対照的に、誰でも簡単に触れる機会を持つことができる [3]

いくつかの宗派ではバガヴァッド・ギーターをシュルティ(天啓)として扱い、ウパニシャッドと同等の位置づけをしている [21] [22]。ヒンドゥー教に正統かつ現代的な解釈を寄せている パンディット英語版(ヒンドゥー学者)によれば、バガヴァッド・ギーターはウパニシャッドの教えの概説を表していることから、時にウパニシャッドのウパニシャッドと呼ばれる [23]

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