ハプスブルク帝国

ハプスブルク帝国(ハプスブルクていこく)[1]は、オーストリアハプスブルク家(のちハプスブルク=ロートリンゲン家)の君主により統治された、神聖ローマ帝国内外の領邦国家などの国家群による同君連合である。単一の「帝国」ではなかった、あるいは推戴する君主が「皇帝」でなかった時代もあるが、日本語ではこの呼称が用いられることが多い。ドイツ語では Habsburgermonarchie または Habsburgisches Reich であるが、前者は直訳するとハプスブルク君主国であり、後者の場合もライヒ (Reich) は必ずしも「帝国」を意味しない。

成立年はハプスブルク家がオーストリア大公国に加えてハンガリー王国ボヘミア王国ボヘミア王冠領)を獲得した1526年とされる。1804年までは公式の名称を持っていなかったが、同時代の人々ですらこれを事実上の国家として認識し、オーストリアと呼称していた。1804年から1867年まではオーストリア帝国1867年から1918年まではオーストリア=ハンガリー帝国を総称とした。

ただし、これより古い時代の、神聖ローマ皇帝スペイン王を兼ねたカール5世を君主とする国家群なども、広く「ハプスブルク家の帝国」といった意味で「ハプスブルク帝国」と呼ばれることがある。

ハプスブルク帝国(ハプスブルク家)の旗
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