ソロイ

現代のトルコの地図上に示した古代都市 キリキアのソロイの位置。地図中の赤い点は、現代のメルシンであり、ソロイもこの縮尺では同じ位置といってよいが、厳密にはメルシンより少し西に位置している。
ソロイの遺跡の列柱

ソロイ古代ギリシア語: Σόλοι、Soloi)は、 古代ギリシア時代の キリキア港湾都市で、 遺跡は現在の トルコ中南部 メルスィン都市圏の メジトリ( : Mezitli)にある。ソロイは ロドス植民都市として、 紀元前700年ころに創建された。 紀元前333年には、 アレクサンドロス3世大王)が、それまで アケメネス朝 ペルシア帝国に従っていたソロイを攻略した。ソロイは 紀元前83年 アルタクシアス朝英語版 アルメニア王 ティグラネス2世の襲撃によって破壊されたが、「 マグヌス(偉大なる者)」と称された グナエウス・ポンペイウスによって再建された。このため、再建されて以降は、ポンペイオポリス (Pompeiopolis) と呼ばれるようになった( パフラゴニア英語版 ポンペイオポリス英語版と混同しないよう注意)。「文法違反、破格」を意味する「 ソレシズム(英: Solecism)」という表現は、古代ギリシアの アテナイ人たちが、ソロイの人々の 方言を、アッティケーの ギリシア語が訛ったもの考えていたことに由来する。

1813年6月、 チャールズ・ロバート・コックレル(英: Charles Robert Cockerell)が「ポンペイオポリス」を訪れた。彼の旅行日誌と、トルコの南海岸沿いに散在する考古学遺跡から検討すると、ソロイ/ポンペイオポリスは、 エライウッサ・セバステ(英: Elaiussa Sebaste)に位置していたものと考えられる。

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