ジョゼフ・カビラ

ジョゼフ・カビラ
Joseph Kabila Kabange
Joseph Kabila April 2016.jpg

任期2001年1月26日
首相アントワーヌ・ギゼンガ
アドルフ・ムジトー英語版
ルイ・アルフォンス・コヤジアロ英語版(代行)
オーギュスタン・マタタ・ポニョ
サミー・バディバンガ英語版
ブルーノ・チバラフランス語版

出生 (1971-06-04) 1971年6月4日(47歳)
Flag of Congo-Kinshasa (1966-1971).svg コンゴ民主共和国、フィジ
政党再建民主人民党英語版
配偶者オリーヴ・ランブ・ディ・シタ

ジョゼフ・カビラ・カバンゲJoseph Kabila Kabange, 1971年6月4日 - )は、コンゴ民主共和国軍人政治家。同国の第4代大統領(任期:2001年1月26日 - )。父である前大統領のローラン・カビラ1月16日での暗殺を受けてその跡を継ぎ、2006年11月27日の選挙で信任され、2011年11月28日に再選を果たした。同国初の普通選挙 (Democratic Republic of the Congo general election, 2006で選ばれた大統領である。

生い立ち

南キヴ州フィジ地区の小さな町ヘワ・ボラでローラン・カビラとシファ・マハニャの長男として生まれた。ただしこれを疑問視する意見もある[1]。フィジの小学校に通い、タンザニアダルエスサラームで卒業、ムベヤで中等教育を受けた。高校を出ると、軍事訓練をへてウガンダマケレレ大学へ進んだ。1996年10月父がコンゴ・ザイール解放民主勢力連合 (AFDL) を結成してモブツ政権への反乱を開始すると25歳のジョゼフも「カドゴス」の司令官となり、キンシャサに至るまでの多くの戦闘で重要な役割を果たした。AFDLはアンゴラジンバブエルワンダなどの軍から支援を受けた。

1997年に父ローランが権力を握ると、1998年からジョゼフは中華人民共和国北京に渡って中国人民解放軍国防大学に留学した[2][3]。中国での訓練から帰国すると、ジョゼフは少将、さらに コンゴ民主共和国軍英語版の参謀次長に任命された。

2000年にコンゴ軍の参謀総長に就任、父が暗殺されるまで在任していた[4]2004年第二次コンゴ戦争en:Kivu conflict)において、ジョゼフは主な軍事司令官の1人である。

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