シルヴィオ・ベルルスコーニ

シルヴィオ・ベルルスコーニ
Silvio Berlusconi
Silvio Berlusconi (2010).jpg
イタリアの旗 第51・57・58・60代 首相
(閣僚評議会議長)
任期
(第1次)1994年05月10日 – 1995年01月17日
(第2次)2001年06月11日 - 2005年04月23日
(第3次)2005年04月23日 - 2006年05月17日
(第4次)2008年05月08日 - 2011年11月12日
大統領 (第1次) オスカル・ルイージ・スカルファロ
(第2・3次) カルロ・アツェリオ・チャンピ
(第3・4次) ジョルジョ・ナポリターノ
副首相 (第1次)ジュゼッペ・テレーラ、 ロベルト・マローニ
(第2次) ジュリオ・トレモンティジャンフランコ・フィーニマルコ・フォルイーニ
前任者 (第1次) カルロ・アツェリオ・チャンピ
(第2次) ジュリアーノ・アマート
(第4次) ロマーノ・プローディ
後任者 (第1次) ランベルト・ディーニ
(第3次) ロマーノ・プローディ
(第4次) マリオ・モンティ
イタリアの旗 産業相代理
任期
2010年5月5日 – 2010年10月4日
前任者 クラウディオ・スカヨラ
後任者 パオロ・ロマーニ
イタリアの旗 保健相代理
任期
2006年3月10日 – 2006年5月17日
前任者 フランチェスコ・ストランチェ
後任者 リウィア・トゥルコ
イタリアの旗 経済財政相代理
任期
2004年7月3日 – 2004年7月16日
前任者 ジュリオ・トレモンティ
後任者 ドメニコ・シニスカルコ
イタリアの旗 外務相代理
任期
2002年1月6日 – 2002年11月14日
前任者 レナート・ルッギエロ
後任者 フランコ・フラッティーニ
イタリアの旗 上院(元老院)議員
任期
2013年3月15日 – 2013年11月27日
選挙区 モリーゼ州
イタリアの旗 下院(代議院)議員
任期
1994年4月21日 – 2013年3月15日
選挙区 ロンバルディア州
個人情報
生誕 (1936-09-29) 1936年 9月29日(81歳)
イタリア王国の旗 イタリア王国ミラノ
政党 フォルツァ・イタリア (2013 - )
自由の人民 (2009 - 2013)
フォルツァ・イタリア (1994 - 2008)
配偶者 カーラ (1965 - 1985)
ヴェロニカ (1990 - 2009)
子供 マリナ・ベルルスコーニ
ピエル・シルヴィオ・ベルルスコーニ
バルバラ・ベルルスコーニ
エレノラ
ルイージ・ベルルスコーニ
出身校 ミラノ大学
専業 実業家
内閣 第1次ベルルスコーニ内閣
第2次ベルルスコーニ内閣
第3次ベルルスコーニ内閣
第4次ベルルスコーニ内閣
宗教 カトリック教会 [1]
署名

シルヴィオ・ベルルスコーニイタリア語: Silvio Berlusconiイタリア語発音:  [ˈsilvjo berluˈskoːni] ( 音声ファイル)1936年 9月29日 - )は、 イタリア共和国の政治家、実業家。

9年間にわたり イタリアの首相に相当する閣僚評議会議長(第51・57・58・60代)を務めた、政界再編( タンジェントポリ)後のイタリア政界を代表する政治家の1人である。また 1994年から フォルツァ・イタリアの初代党首を務め、 2009年自由の人民(自由国民党)結党後も同党党首を務めたため、両党党首の通算在任期間は約17年にも及んだ。

ベルルスコーニの総資産は約78億ドル(世界第118位)で、2011年時点で世界有数の資産家の1人でもある [2]

ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世が創設した 労働騎士勲章英語版を1977年に授与されており、支持者からはイル・カヴァリエーレIl Cavaliere)と呼ばれる事もあるが、同時に公私ともども様々なスキャンダルにより批判を浴びている。

概要

ベルルスコーニは元々は実業家であり、戦後イタリアで 1960年代から 1980年代にかけて建設業と放送事業で財を成した企業家であった。特に後者については「イタリアのメディア王」と呼ばれるほどの権勢を誇り、国内の民放局を殆ど独占しているとされている。

90年代から始まった タンジェントポリ後の政界再編では フォルツァ・イタリアを結党、有力政治家として冷戦後の政界を主導した。ベルルスコーニ政権はファシスト政権の独裁者 ベニート・ムッソリーニ、及び1900年代前半に5期にわたり王国宰相を務めた ジョヴァンニ・ジョリッティに次ぐ長期政権をイタリア政界で樹立した。それ以前は共和制移行後、最初に首相となった アルチーデ・デ・ガスペリが戦後イタリアにおける長期政権として知られていたが、既にベルルスコーニの首相在職期間はガスペリを上回っている。

政界再編の混乱で一挙に政権を獲得したが短命に終わった第一次政権(1994年-1995年)、政権奪還後の第二次政権(2001年-2006年)、そして二大政党制を迎えての第三次政権(2008年-2011年)と三度の政権での首相経験年は9年を超える。また、サミット( 先進国首脳会議)を議長国首脳として3回主催した唯一の首脳でもある。

ベルルスコーニは自らの事業の一角を占める新聞・テレビ・インターネットなどを通じて有利な政治活動を行っているとしばしば非難を受けている。また首相としての権限を使用してメディア統制を進めているともされており、 DDL intercettazioni(通信傍受法)可決に反対してイタリア語版ウィキペディアが一時更新を停止する事件が起こっている。汚職疑惑、性的スキャンダルなどの問題行為も取り沙汰されている [3]

これらの汚職疑惑、性的スキャンダル対する追及を受け未成年者売春罪と職権乱用罪で起訴された上に、 2010年以降の経済危機における対処を批判され苦境に立たされ、2011年に欧州連合に公約した国家財政緊縮法案のイタリア議会下院可決後に退陣すると発表、同時に政界引退を表明した。

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