キリスト教社会主義

キリスト教社会主義(キリストきょうしゃかいしゅぎ)は、キリスト教内における社会主義思想。宗教社会主義の一種である。広義では、解放の神学社会的福音がこの部類に入る。

概要

19世紀の資本主義の広がりに対して、キリスト教の多くはブルジョアジーと妥協しがちであったが、早くから資本主義の矛盾に気づき、特に産業革命以後の工場における労働者への非人間的待遇に目をむけた者がいた。

イギリスでは F. D. モーリス、 J. M. ラドロー、 チャールズ・キングズリーなどがキリスト者の社会的責任を強調した。1848年のパリ2月革命を経て、急進的な革命ではなく、「社会主義のキリスト教化」を標榜するとともに、現世を肯定的に捉える 受肉の神学に基づくキリスト教社会主義運動を始めた。実質的な指導者であったモーリスは人間精神の内面を「掘る」ことを重視した結果、労働者のための教育に傾倒した。そのために、彼らのキリスト教社会主義運動は1854年頃に終焉する。しかしながら、労働者のためのシステムを「構築」することを目指したラドローは、協同組合を通じた社会改良を試みた。この流れは、19世紀末に至る系譜として、国際的な協同組合運動の根幹を成している。また、一旦は終焉を迎えたキリスト教社会主義運動ではあったが、1877年に スチュアート・ヘドラムが 聖マタイ・ギルドを創設、その後、1880年代には チャールズ・ゴア率いる キリスト教社会連合が結成され、20世紀以降のイギリス国教会の中で確固たる思想的地位を確立することになった。

ドイツでは19世紀にヴィヘルム・エマニュエル・フォン・ケテラー(Wilhelm Emmanuel von Ketteler,1811-77)などのキリスト教社会運動があった[1]反ユダヤ主義で知られるウィーン市長でオーストリア・キリスト教社会党のカール・ルエーガーもキリスト教社会運動の影響を受けていた。アドルフ・ヒトラーはルエーガーの影響を受けていた。このほか、カール・バルトパウル・ティリッヒプロテスタント神学者の立場から社会主義を深めた。ティリッヒはナチスを避けてアメリカに亡命した。ナチス左派オットー・シュトラッサーの父ペーターはキリスト教社会主義者だった。

カトリック教会においてはローマ教皇ピウス9世1864年にピウス9世が『近代主義者の謬説表:ピオ9世の数多くの訓話、回勅、書簡による大勅書(誤謬表)』を発し、信教の自由、自由主義神学、社会主義、共産主義、世俗法の教会法に対する優越などが過ちであるとされた。1891年レオ13世回勅レールム・ノヴァールム』で旧来の職業組合が破壊され、労働者が残酷で無軌道な競争に翻弄されているとし、他方の社会主義は富裕層を憎悪するよう貧困層を駆り立てるところが過ちであると批判した[2]。回勅では、国家が分配的正義を適用して労働階級を守るべきであり、労働組合によって貧困を軽減すべきであるとされた[2]

アメリカ合衆国ではドロシー・ディマーティン・ルーサー・キング・ジュニアコーネル・ウェストがいる。ラインホルド・ニーバーは第二次世界大戦前には社会的福音を説いてアメリカ社会党を指導したが、戦後はキリスト教的リアリズムから反共主義となった。カナダではトミー・ダグラスが、ブラジルにはレオナルド・ボフが、エクアドルにはラファエル・コレア、 などがいる。

日本では安部磯雄村井知至河上清賀川豊彦中島重田中一石川三四郎九津見房子片山哲がいる。


現在、キリスト教社会主義(キリスト教のみならず宗教社会主義全般を含む)の国際組織として 宗教社会主義国際連盟英語版があり、社会主義インターナショナルの協力組織となっている。

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