エタ・ジェイムズ

エタ・ジェイムズ
Etta James.jpg
エタ・ジェイムズ (2006年)
基本情報
出生名 Jamesetta Hawkins
別名 ピーチズ
生誕 1938年 1月25日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州 ロサンゼルス
死没 (2012-01-20) 2012年 1月20日(73歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州 リバーサイド
ジャンル ブルースR&Bジャズ
職業 シンガー
活動期間 1954年 - 2011年
レーベル モダン・レコード
チェス
アトランティック
プライベート・ミュージック
RCA
ヴァーヴ・フォアキャスト
公式サイト Etta-James.com

エタ・ジェイムズ(Etta James, 1938年 1月25日 - 2012年 1月20日)は、 アメリカ合衆国ブルースR&B シンガー。出生時の名前は、ジェイムセッタ・ホーキンズ。60年代から70年代にかけて チェス・レコードに在籍し、"Tell Mama"など多くのヒットを生んだ。

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第22位 [1]

生涯

1938年 1月25日カリフォルニア州 ロサンゼルスにて、 アフリカ系アメリカ人の母親のもとに生まれ、祖父母に育てられた。幼い頃から バプテスト教会に通い、 ゴスペルの合唱団に所属していた。12歳の頃、母親とともに サンフランシスコ移住したエタは、間もなく友人の女性二人とボーカル・グループを結成。彼女が14歳のとき、このグループはバンドリーダーとして有名な ジョニー・オーティスを彼のライヴの後ホテルの部屋へ訪ね、その場でオーディションを受ける。このとき歌ったのがハンク・バラード&ザ・ミッドナイターズの"Work With Me Annie"のアンサー・ソングという位置づけの"Roll With Me Henry"だった。オーティスはこの曲を気に入り、彼の口利きでエタはロサンゼルスのモダン・レコードと契約することとなった。

1954年、同レーベルでの初セッションでこの曲をレコーディングしたが、曲名は性的なものを連想させるという理由から、"The Wallflower"へと変更された。この曲は翌 1955年にリリースされ、R&Bチャートのトップを記録する。モダンからは、この他"Good Rockin' Daddy"(同チャート6位)というヒットも生まれた。

1960年、チェス・レコードと契約。ここでは、レーベルが倒産する 1976年までの長きに渡って在籍し、エタはキャリアの中で最大の成功を収めることとなった。初期は、同レーベル傘下のアーゴからレコードをリリースした。"At Last"( 1961年)はR&Bチャート2位を記録するヒットとなり、彼女の代表曲のひとつとなった。この曲に象徴されるように、当時のエタはポップス色を売りにしていた感があるが、 1964年のライヴ・アルバムRocks The Houseでは荒々しくブルースをシャウトする一面も見せている。また、このアーゴ時代には当時 ムーングロウズのメンバーだった ハーヴィー・フークワとのデュオでも"If I Can't Have You"などの楽曲を残した。

チェス中期になると、同じくレーベル傘下のカデットへ移り、マッスルショールズでレコーディングされた"Tell Mama"、"I'd Rather Go Blind"などのソウル色のナンバーをリリースした。

チェスの倒産後は、MCA、ファンタジーなど複数のレーベルから作品を出し続けるものの、彼女のキャリアの中では印象が薄い。しかしながら、 1988年Seven Year Itchあたりから、再びじわじわと存在感を示すようになった。 1992年The Right Timeでは元 アトランティック・レコードのプロデューサー、ジェリー・ウェクスラーを迎え、力強いR&Bサウンドを披露。一方、続くMystery Ladyでは一転ジャジーなムードで ビリー・ホリデイのナンバーを歌うという懐の深さをみせた。同作では、 グラミーのベスト・ジャズ・ボーカル賞を受賞、以後2003年、2004年にもブルース部門で受賞している [2]1993年には、 ロックの殿堂入りも果たした [3]

1990年撮影

順調に作品のリリースを重ねたエタだったが、キャリアの初期の段階から麻薬中毒と闘ってきたことは広く知られている。また90年代以降、極度な肥満にも悩まされた。自ら歩くこともままならない状態となり、ステージにも電動カートに乗って登場するようになった。 2003年、エタは治療のため胃のバイパス手術を受け、90キロ以上の減量に成功した。

その後もBlues to the Bone2004年)、All the Way2006年)とアルバムをリリース。

2008年12月に全米で公開されたチェス・レコードを題材にした映画『 キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語』では、エタ役を ビヨンセが演じている。

1992年東京ドームで開催されたプレイボーイ・ジャズ・フェスティバル出演のために日本を訪れた [4]

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