エスクイリーノ

と表記することもある [1]

現代の街区で凡そこの範囲を説明するならば、北西端は フォロ・ロマーノ及び コロッセオから テルミニ駅前までのカヴール通り( ローマ地下鉄B線のライン)、北東端は イタリア鉄道ローマ・テルミニ駅の広大な駅舎及び線路、南端は コロッセオから マッジョーレ門を結ぶ線上のラビカナ通りで、これらの線に囲まれた街区ということになる。

エスクイリーノ(エスクイリヌス)の丘は七つの丘のうちで標高が最も高く、かつ最も面積が広い。かつては、 古代ローマ アゴナリア祭英語版の一つで12月11日に祝われる「七丘祭」 [2]、または七丘祭で祝われる対象の オッピウス、ファグタル、 キスピウスの高台(丘)に分けて言及されることも一般的あった。

エスクイリーノの丘の地形とリオーネ・エスクイリーノの行政区域を混同してはいけない。リオーネの範囲は丘の北西で、丘の南西はローマで最も古いリオーネであるモンティに所属している。二つのリオーネは総主教の サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂の間を走るメルラーナ通りにより隔てられている。 20世紀末より、リオーネ・エスクイリーノでは中国人を筆頭とした外国人居住者の割合が増えイタリアで最大の華僑コミュニティー(20世紀末時点で約2万人)を形成している。

歴史

エスクイリヌスに人が居住し始めたのは紀元前8世紀に遡り、紀元前8世紀半ばから前7世紀の物と思われる ネクロポリスが残っている。古代ローマの歴史家 ティトゥス・リウィウスによれば、 王政ローマ第6代の王 セルウィウス・トゥッリウスがエスクイリヌスに居を構えたと言われる [3]。紀元前1世紀の政治家 ガイウス・マエケナスは、ローマで初めて ヘレニズム様式と ペルシア様式を採り入れた『マエケナス庭園』を、 セルウィウス城壁とネクロポリスにかけてのエスクイリヌスの丘付近に造営した。ローマ帝国第5代皇帝 ネロは、丘の南端の オッピウス付近に誇大妄想的な巨大宮殿 ドムス・アウレアを造った。後にドムス・アウレアは取り壊され、そのテラス部分の遺構の上に第13代皇帝 トラヤヌストラヤヌス浴場を、谷底の人工池の跡に第57代皇帝 コンスタンティヌス1世フラウィウス円形闘技場(コロッセオ)を建てるなどした。3世紀には リキニウス庭園英語版が造営され、その一部分とみられる ニンファエウムミネルウァ・メディカ神殿と呼ばれて ローマ・テルミニ駅横に現在でも残っている。エスクイリヌス北部の キスピウスの丘には、5世紀に サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂が建てられた。1781年には、エスクイリヌスのVilla Palombaraから有名な『ミロンの円盤投げ像』が発掘され、現在 大英博物館に展示されている。

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