ウェスパシアヌスとティトゥス神殿

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ウェスパシアヌスとティトゥス神殿
Templum Vespasiani et Titi
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ウェスパシアヌスとティトゥス神殿
所在地第8区 フォルム・ロマヌム
建設年紀元79年
建設者ティトゥスドミティアヌス
建築様式古代ローマの神殿
関連項目無し
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フォルム・ロマヌム内での位置(赤丸)

ウェスパシアヌスとティトゥス神殿ラテン語: Templum Vespasiani et Titi[1]イタリア語: Tempio di Vespasiano e Tito)は、ローマフォロ・ロマーノ西端、サートゥルヌス神殿コンコルディア神殿の間にあった神殿である。ウェスパシアヌス帝と息子のティトゥス帝を神格化して祭っている。ウェスパシアヌスの死後、ティトゥス治世下の紀元79年に着工した。ティトゥスの弟ドミティアヌス帝が紀元87年ごろ完成させ、ティトゥスウェスパシアヌスを祭る神殿とした。単にウェスパシアヌス神殿と表記されることもある。

重要性

古代ローマ史を通して、記念碑を建てることで氏族の名声と栄光を高め、その名を長く後世に伝えようとする傾向があった。そういう意味ではこの神殿は、ウェスパシアヌス (69-79)、ティトゥス (79-81)、ドミティアヌス (81-96) と続いたフラウィウス朝の栄光を称えるための建築物である。ティトゥスとドミティアヌスの関係が良好だったかどうかについては歴史家の間で議論があるが、ドミティアヌスが兄を神格化して皇帝崇拝の対象としたのがフラウィウス氏族の名を高めるためだったことは確かである[2]。ウェスパシアヌスとティトゥスは神格化(アポセオーシス)の儀式によって神とされた[3]。そうすることでウェスパシアヌスとティトゥス(少なくとも彼らのゲニウス)をローマ市民が神として崇拝することが保証されるような伝統があった。当時の皇帝崇拝は一種の国教であり、そうすることで皇帝への忠誠を示し、政治的または外交的姿勢を示す意味もあった。

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