アブドゥッラー2世

アブドゥッラー2世
عبد الله الثاني
ヨルダン国王
The King of Jordan in 2013.jpg
アブドゥッラー2世(2013年、世界経済フォーラム総会にて)
在位1999年2月7日 - 在位中
戴冠1999年6月9日、於ラガダン宮殿
全名عبد الله بن الحسين
アブドゥッラー・ビン・アル=フセイン
出生(1962-01-30) 1962年1月30日(56歳)
ヨルダンの旗 ヨルダンアンマン
配偶者ラーニア・アル=アブドゥッラー
子女
王家ハーシム家
父親フセイン1世
母親ムナー・アル=フセイン
宗教イスラム教スンナ派
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アブドゥッラー2世・ビン・アル=フセインアラビア語: عبد الله الثاني بن الحسين‎, ラテン文字転写: Abdullāh aṯ-Ṯānī bin al-Ḥusayn1962年1月30日 - )は、ヨルダン国王(在位:1999年2月7日 - )。

経歴

イスラム教開祖ムハンマドの血筋を引くハーシム家の出身。1962年1月30日、国王フセイン1世と2番目の妻・ムナー・アル=フセイン王妃との間に長男として生まれる。

生後間もなく王太子に指名されるが、1965年に叔父のハッサンに王位継承権が移る。1966年、4歳のときにイギリスに留学し教育を受け、1981年サンドハースト英陸軍士官学校卒業。1983年にはオックスフォード大学で国際政治学を聴講。1987年 - 1988年にはアメリカジョージタウン大学大学院修士課程(国際関係論)。

1993年6月10日に半年間の交際を経てクウェート出身で両親がパレスチナ人ラーニアと結婚。2男2女をもうけている。

1999年1月、フセイン国王によりハッサン王太弟に代わって再び王太子に叙任。まもなく父の崩御に伴いヨルダン国王に即位(1999年2月7日)した。

ヨルダン陸軍に所属し、即位までは戦車指揮官や空軍の対戦車ヘリコプター隊戦術教官、特殊部隊司令官などを歴任した[1]。現在は国王として国軍最高司令官の地位にある。過激派組織ISILによってムアズ・カサースベ中尉が殺害された際、これに対する報復爆撃には国王自らも参加したと伝えられた[2]。ただし、ヨルダン政府当局はこの噂を否定している[3]

父親と同じく異母弟のハムザを王太弟としていたが2004年に廃し、その後王太子は空位となっていたが、2009年に長男のフセイン王子(1994年生まれ)を王太子とした。

ヨルダンの50ディナール紙幣に描かれている。

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